創作にあたり

新型コロナウイルスが日本でも蔓延してきた際、情報が錯綜する中で誰しもが『本当に死ぬかもしれない』という恐怖を味わったと思います。
これまで、僕は作品の中でどちらかというと豊かではない生活をしている方をモデルに創作を続けていました。
自分の身近で、目の前で、こうした環境の中で苦しみながら生活をしている方を多く見てきたからです。
でも、多くの方は目の前に横たわる問題に対して、まるで街に溢れる広告や看板をスルーするかのように『何も感じないようにしている』と思っていました。
それは単に個人の問題だけでなく、生活と地続きな『政治』『社会』の問題に対しても。
ですから僕は、虚構である演劇を通して、現実に足元で横たわっている問題を認知し、共感して貰えることを心がけて創作をしてきました。
しかし、しかし、コロナです。

『上も下も関係なく全員漏れなく死ぬ可能性がある。』

この強烈な平等に一斉に足元を見て人生を考え直したと感じました。
その時、僕は創作をする理由がなくなり、足が止まりました。
みんな下を向いて歩いているのだから、更に地面に顔を近づかせて「見て見て!」なんてしたらただの性格の悪い人間です。
そうはなりたくないし、そもそも自分自身も下を向いちゃっているものですから、観劇後は自分を含めた全ての方が、観劇前より少しでも明るい気持ちに、空を見上げたら「世の中捨てたもんじゃないな」なんて心が軽くなるような作品作りをしていこうと思ったのです。
そしてコロナから既に2年以上経ち、情報が整理され、これまで通りとはいわないまでも異常な生活からは解放されてきた昨今。
気持ちの上でも、少しずつ少しずつ前を向き始めているのではないでしょうか。
そんな中で台本を書いていると、上を向かせたいはずが『現実』を排除できない性が出てしまい、今作品、いつも通りです。
この作品を見る上で特別な覚悟なんて必要ないですが、いつも通りです。これまで通り。
人間の人間らしさを濃縮させた作品です。
生活が貧しくとも、心が貧しくとも、人間という生き物自体はとても豊かである。
僕はそう思います。

作・演出 池内風

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